信長公450プロジェクト

2017年 織田信長公岐阜入城・岐阜命名450年

信長公と鵜飼

岐阜命名

魅せるということに重きを置いた信長公の感性は、漁である鵜飼の観覧鵜飼の側面に脚光を当て、接待で重宝しました。

水面にしぶきを上げて魚を追う鵜、操る鵜匠の巧みな手縄さばき。信長公は、鑑賞に向いた芸能としての面を活かしました。1568年には、武田信玄の使者秋山伯耆守虎繁が船上での鵜飼の観覧に興じています。

鵜飼は古くから、捕れた鮎と同様、人と鵜が意志を疎通させながら魚を捕る姿も珍重されてきました。信長公は、鮎を捕る鵜の使い手に、「鵜匠」の名を与え、鵜飼を保護しました。

現在、長良川の鵜匠は、宮内庁式部職鵜匠として、その職責を守り伝え、1300年以上続く伝統漁法の技術は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

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