信長公450プロジェクト

2017年 織田信長公岐阜入城・岐阜命名450年

観光スポット

黄金の織田信長公像

黄金の織田信長公像

JR岐阜駅北口駅前広場の中央に位置する「信長ゆめ広場」に建つ、「黄金の織田信長公像」は、市制120周年の平成21年に市民の寄附により建立されました。
この像は、高さが3m、金箔を3層張りした銅像で、高さ8mの台座の上から、岐阜市への来訪者をお出迎えしています。

国史跡 岐阜城跡(南西上空から)

国史跡 岐阜城跡

永禄10年(1567年)、信長公は稲葉山城を占領し、城主斎藤龍興公を追放して、天下統一の拠点としました。そのため、金華山の麓では、貴重な庭園跡が発見されています。
このような歴史的価値が評価され、平成23年2月7日、山麓居館跡などを含めた金華山一帯が、国の史跡に指定されました。

岐阜城

岐阜城

信長公が天下統一の本拠地とした居城です。
現在の城は昭和31年7月、岐阜城再建期成同盟によって復興されたものです。
城は、標高329mの金華山の頂きにあり、最上階からは、濃尾平野を一望することができます。

岐阜城パノラマ夜景

岐阜城パノラマ夜景

岐阜城パノラマ夜景期間中は、夜間営業している金華山ロープウェーで山頂にのぼり、眼下に360度に広がるパノラマ夜景を見ることができます。

岐阜公園

岐阜公園

金華山の麓に広がる公園で、信長公の時代には、居館、政庁、武家屋敷といった町の中心的な場所でした。現在、「信長公の鼓動が聞こえる歴史公園」として再整備を進めています。
正門前には「若き日の織田信長像」があり、園内には信長公が駆けぬけた戦国時代の荒々しさをイメージした「信長の庭」がります。
公園内の休憩所「華松軒」には立礼茶席があり、気軽に抹茶と和菓子をお楽しみいただけます。

織田信長公居館跡発掘調査

織田信長公居館跡発掘調査

信長公居館を訪れたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、その記録の中で信長公の館を「宮殿」と称しています。
その謎に包まれた華麗な内部の様子を明らかにするために、居館の建物位置や構造を調べる発掘調査を岐阜公園内にて行っています。
また、公園北側に設けた発掘調査案内所にて調査成果を紹介しています。定期的に現場説明会を開催し、一般公開しています。

金華山ロープウェー

金華山ロープウェー

岐阜公園と金華山の山頂駅を約4分で結ぶロープウェー。眼下には自然林に覆われた金華山と長良川の自然美、岐阜市の街並みが一望できます。
山頂駅付近には、リス村や売店、展望レストランも併設されています。
毎年夏季は夜間も運転され、夜景を楽しむ多くの人に利用されています。

岐阜市歴史博物館

岐阜市歴史博物館

2階の総合展示室内に設けられた展示コーナー「戦国ワンダーランド」には、戦国時代、とりわけ信長公が岐阜に入城した永禄10年(1567年)から岐阜城が廃城になった慶長5年(1600年)までの展示室があり、信長公時代の楽市楽座が原寸大で復元されています。

ぎふ長良川鵜飼

ぎふ長良川鵜飼

鵜飼は鵜匠が鵜をあやつり魚を捕える漁法で、1300年以上の歴史があります。
信長公は「鵜匠」という地位を与え鵜飼を保護したと言われており、「甲陽軍鑑」という本には、武田信玄の使者を鵜飼でもてなした様子が書かれています。
開催時期:毎年5月11日~10月15日

鵜飼観覧船造船所

鵜飼観覧船造船所

昔ながらの伝統的な和船・鵜飼観覧船の造船所です。観覧船には設計図面はなく、経験豊かな船大工の匠の技で建造されます。観覧船1隻の完成には約半年間かかり、1年間に2隻の船が造られます。また、造船所内には、鵜匠が実際に使用していた鵜舟も展示されています。

鵜飼の里

鵜飼の里

鵜飼の里である鵜飼屋地区には6軒の鵜匠の家があります。主家のほか、鵜の世話や漁の運営に必要な鳥屋、水場、松小屋などが設けられています。

御鮨街道

御鮨街道

江戸時代の主要道路で鮎鮨を江戸まで運んだため、御鮨街道と呼ばれるようになりました。現在も旧紙問屋など多くの店舗が立ち並んでいます。

川原町

川原町

川湊の近くに発展した集落。かつては、多くの紙問屋や材木問屋が軒を連ね、現在も独特の白木の格子が続く美しい町並みが継承されています。一部の建物は文化的景観の重要な構成要素となっています。

岐阜大仏

岐阜大仏

日本三大仏の一つに数えられるこの大仏は乾漆仏としては日本一の大きさを誇ります。
天保3年4月(1832年)に、実に38年の歳月を費やして完成しました。
堂の高さ25.15m、廻り19.39m、仏像は坐像で、高さ13.7m、耳の長さ2.1m、鼻の高さ0.4m。大イチョウを直柱として、骨格は木材で組み外部は良質の竹材と粘土で造られ、その上を一切経で糊張りし漆を塗り金箔を置いたものです。胎内には薬師如来がまつられています。

長良川うかいミュージアム

長良川うかいミュージアム

岐阜市を代表する伝統文化である“長良川の鵜飼”の価値を分かりやすく紹介・情報発信する場として通年営業を行っています。長良川の鵜飼”を「護り」「伝え」「広める」活動を通して、鵜飼の魅力を発信しています。オフシーズンでも鵜飼の実演や見学ができます。

長良川温泉

長良川温泉

清らかな水をたたえる長良川、岐阜城がそびえる金華山、その周辺に広がる温泉街です。
宿の多くは長良川に面しており、四季折々に変化を見せる自然環境の中でゆっくりと温泉に入ることが出来ます。
お湯は、鉄分を豊富に含むため、地下から湧出する源泉は無色透明ですが、大気に触れると徐々に赤褐色に変色します。
神経痛、関節痛、疲労回復等に効果があると言われています。

伊奈波神社

伊奈波神社

天文8年(1539年)、築城に伴い斎藤道三公が金華山から現在地に移したと伝えられています。(岐阜市の総氏神)
毎年4月第一土曜日に「岐阜まつり」が行われています。残されている4台の山車は、市の文化財に指定されています。

崇福寺

崇福寺

信長公が菩提所とし、保護しました。
本能寺の変で信長公と信忠(信長の息子)が明智光秀に討たれると、信長公の側室お鍋の方がその遺品を送り寺内に埋め位牌を安置した「織田信長父子廟」があります。
また、本堂には「血天井」があります。秀信(信長の孫)は関ヶ原の戦いで西軍に加担したため、東軍の猛撃にあい岐阜城は落城しました。この時戦死した将兵の菩提を弔うため、岐阜城の床板を、本堂の天井に張られたもので、今でも鎖かたびらの血痕が付着しているのが見られます。

円徳寺

円徳寺

織田信秀(信長の父)が岐阜に攻め入った際、斎藤道三公に大敗した時の戦死者を弔うための織田塚が築かれ、現在も寺の境内に安置されています。
また、岐阜に入った信長公が、円徳寺(当時は浄泉坊)門前に立てた「楽市場・定」の制札や、信長公が寄進したといわれる梵鐘などが寺宝として残されています。

御薗の榎

御薗の榎

楽市の市神として祀られたとされる榎で、江戸時代、朝日文左衛門は金華山観光をする前に立ち寄っています。

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