「利益は出ているはずなのに、なぜか手元にお金がない…」。
これは、多くのスタートアップ経営者が直面する可能性のある、深刻な問題です。
こんにちは、ファイナンシャルプランナーの河野真一です。
私はこれまで、野村證券での13年間の資産運用業務、そして独立してからの15年以上にわたる起業家支援を通じて、数多くの企業の財務と向き合ってきました。
その中で痛感してきたのが、「黒字倒産」という、スタートアップにとって非常に大きな落とし穴の存在です。
「売上も順調に伸びて、利益も出ている。
それなのに、支払日が近づくといつも資金繰りに奔走しているんです…」。
以前、相談に来られた若手起業家の方が、こう漏らしていました。
彼の会社は、革新的なサービスで急成長していましたが、その成長の裏でキャッシュフローの管理が追いついていなかったのです。
本記事では、なぜ黒字なのに倒産という事態が起こり得るのか、そのメカニズムを解き明かし、スタートアップが陥りがちな資金繰りの罠を具体的に解説します。
そして最も重要なこととして、収益を上げながらも、しっかりと手元に現金を残し、事業を安定的に成長させていくための具体的な戦略をお伝えします。
この記事を読み終える頃には、あなたも「収益」と「現金フロー」という、起業成功の両輪をバランスよく回していくための知識と自信を手にしているはずです。
黒字倒産のメカニズムを理解する
「黒字倒産」と聞いても、にわかには信じがたいかもしれませんね。
利益が出ているのに、なぜ会社が潰れてしまうのでしょうか。
この章では、そのカラクリを分かりやすく解説します。
利益が出ているのになぜ倒産するのか?
黒字倒産とは、帳簿の上では利益が計上されているにも関わらず、支払いに必要なお金(キャッシュ)が手元になくなり、事業の継続が不可能になってしまう状態を指します。
例えば、商品を掛けで販売し、100万円の売上が立ったとしましょう。
帳簿上は100万円の売上と、それに対応する利益が記録されます。
しかし、その売掛金の入金が数ヶ月先だとしたらどうでしょうか。
その間にも、仕入れ代金や家賃、人件費などの支払いは待ってくれません。
この「利益はあるのに、現金がない」というズレが、黒字倒産の直接的な原因となるのです。
驚くべきことに、倒産する企業のうち、実に半数近くが黒字倒産だというデータもあるほど、これは他人事ではない問題なのです。
損益計算書とキャッシュフロー計算書の違い
このズレを理解する上で重要なのが、「損益計算書(P/L)」と「キャッシュフロー計算書(C/F)」という2つの財務諸表の違いです。
財務諸表 | 特徴 | 目的 | 作成基準 |
---|---|---|---|
損益計算書 (P/L) | 一定期間の儲け(利益)を示す | 収益性を把握する | 発生主義 |
キャッシュフロー計算書 (C/F) | 一定期間のお金の流れ(現金の増減)を示す | 支払い能力や資金繰りの安全性を把握する | 現金主義に近い |
損益計算書は、実際に現金のやり取りがなくても、取引が発生した時点で収益や費用を認識する「発生主義」で作成されます。
そのため、「利益が出ているか」は分かりますが、「手元に現金がいくらあるか」までは分かりません。
一方、キャッシュフロー計算書は、実際にお金が入ったり出ていったりした取引を記録するため、「今、会社にどれだけ現金があるのか」「何にお金を使ったのか」を明確に示してくれます。
この二つを車の両輪のように見ていくことで、会社の本当の健康状態が見えてくるのです。
よくある資金ショートのタイミングと原因
スタートアップが特に資金ショートを起こしやすいタイミングと、その主な原因をいくつか挙げてみましょう。
- 売掛金の回収遅れ・未回収: 入金サイクルが長い、または取引先が倒産して売掛金が回収できなくなると、一気に資金繰りが悪化します。
- 急激な売上増加: 嬉しい悲鳴ではありますが、売上が急増すると、仕入れや人件費も先行して増加します。入金が追い付かないと、運転資金が不足しがちです。
- 過剰な在庫: 売れる見込み以上に在庫を抱えすぎると、現金化されない「眠ったお金」が増えてしまいます。
- 大規模な設備投資: オフィスの拡張や高額な機材導入など、一度に大きな現金支出があると、手元資金が枯渇するリスクがあります。
これらの原因が複合的に絡み合うことで、黒字であっても資金がショートしてしまうのです。
若手起業家との実話から学ぶ失敗事例
以前、私が相談を受けたあるECサイト運営の若手起業家Aさんの話をしましょう。
Aさんの会社は、SNSマーケティングが成功し、注文が殺到していました。
損益計算書上は毎月黒字を計上し、まさに順風満帆に見えました。
しかし、彼は深刻な悩みを抱えていました。
「注文が増えれば増えるほど、なぜか手元のお金が減っていくんです…」。
詳しく話を聞くと、彼の会社は人気商品のため、仕入れ先への支払いは「現金前払い」が条件でした。
一方、顧客への販売はクレジットカード決済が中心で、実際に入金されるのは翌月末から翌々月。
つまり、商品を仕入れてから売上が現金化されるまでに、2ヶ月以上のタイムラグがあったのです。
売上が伸びるほど、先に支払う仕入れコストが増大し、手元の現金はどんどん減っていきました。
幸い、Aさんは早期に相談に来てくれたため、金融機関からの短期融資や支払いサイトの見直しなどで危機を乗り越えられましたが、一歩間違えれば黒字倒産に陥っていた典型的なケースです。
この事例からも分かるように、帳簿上の利益だけでなく、現金の流れを常に意識することが、いかに重要かお分かりいただけると思います。
スタートアップが陥りやすい資金管理の落とし穴
順調に事業が成長しているように見えても、足元をすくわれかねない資金管理の落とし穴が、スタートアップの道のりには潜んでいます。
「まさか自分が」と思うようなことでも、気づかぬうちに深みにはまってしまうことがあるのです。
ここでは、特にスタートアップが注意すべきポイントを具体的に見ていきましょう。
売上至上主義が招くキャッシュフローの盲点
「とにかく売上を伸ばすんだ!」
この意気込みは素晴らしいですが、売上高だけを追い求める「売上至上主義」は、時に危険な罠となります。
なぜなら、売上が増えても、それ以上にコストがかさんでいたり、利益率の低い取引ばかりだったりすると、手元に残る現金は増えないどころか、減ってしまうことさえあるからです。
例えば、大規模な契約を取りたいがために、大幅な値引きに応じたり、通常よりも長い支払いサイト(売掛金の回収までの期間)を了承してしまったりするケース。
帳簿上の売上は大きく見えますが、利益は薄く、さらに現金化されるまで時間がかかるため、キャッシュフローは悪化します。
大切なのは、「どれだけ売れたか」だけでなく、「どれだけ現金が手元に残ったか」という視点です。
損益計算書上の利益だけでなく、キャッシュフロー計算書で実際のお金の流れを把握する習慣をつけましょう。
請求・回収・支払いのタイムラグをどう読むか
商品やサービスを提供してから、その代金が実際に入金されるまでの期間(回収サイト)と、原材料などを仕入れてから、その代金を支払うまでの期間(支払いサイト)。
この二つの「タイムラグ」は、資金繰りに大きな影響を与えます。
理想的なのは、「回収は早く、支払いは遅く」です。
しかし、スタートアップの場合、取引先との力関係で不利な条件を飲まざるを得ないことも少なくありません。
例えば、商品を販売しても入金は2ヶ月後、しかし仕入れ代金の支払いは翌月、という状況では、1ヶ月分の運転資金を常に自社で持ちこたえなければなりません。
このタイムラグを正確に把握し、資金がショートしないように管理することが極めて重要です。
- 回収サイト: 短縮できるよう交渉する。
- 支払いサイト: 可能な範囲で延長できるよう交渉する。
- 与信管理: 取引先の支払い能力を事前にチェックする。
これらの点を意識し、自社のキャッシュサイクルを健全に保つ努力が必要です。
資金調達に頼りすぎるリスクと持続可能性
スタートアップの成長には、外部からの資金調達が不可欠な場合が多くあります。
しかし、安易に資金調達に頼りすぎる姿勢は、将来的なリスクを抱え込むことにもなりかねません。
借入金が増えれば、当然ながら毎月の返済負担や利息支払いが発生し、キャッシュフローを圧迫します。
また、特定の金融機関や投資家に過度に依存していると、その関係が悪化した場合に新たな資金調達が困難になる「一社依存リスク」も生じます。
さらに、株式発行による資金調達(エクイティファイナンス)では、経営権が希薄化する可能性も考慮しなければなりません。
もちろん、適切なタイミングでの適切な資金調達は成長を加速させますが、まずは事業自身が生み出すキャッシュフロー(営業キャッシュフロー)で経営を維持し、成長していける体制を目指すことが、持続可能な経営の基本です。
調達した資金の使途を明確にし、本当に必要な金額だけを、最適な方法で調達する冷静な判断が求められます。
初期投資とランニングコストのバランス感覚
事業を始める際には、オフィスの契約、設備の購入、ウェブサイトの構築など、さまざまな初期投資(イニシャルコスト)が発生します。
そして、事業が回り始めると、家賃、人件費、水道光熱費、広告宣伝費といったランニングコスト(運転資金)が継続的に必要になります。
ここで重要なのが、この二つのコストバランスです。
特にスタートアップ初期は、手元資金が潤沢でないケースがほとんどでしょう。
「あれもこれも必要だ」と初期投資に資金を使いすぎると、いざ事業が始まっても日々のランニングコストが支払えなくなり、あっという間に資金ショート、という事態に陥りかねません。
まずは必要最小限の初期投資でスタートし、事業の進捗や収益状況を見ながら段階的に投資を拡大していく「リーンスタートアップ」の考え方が有効です。
固定費であるランニングコストは、できるだけ抑える工夫も必要です。
例えば、最初から広いオフィスを借りるのではなく、まずはコワーキングスペースを活用する、高価な機材は購入せずにリースを利用するなど、賢い選択を心がけましょう。
キャッシュフローを守るための実践的アプローチ
ここまで、黒字倒産のメカニズムやスタートアップが陥りやすい資金管理の罠について見てきました。
では、実際にどうすれば大切なキャッシュフローを守り、安定した経営を実現できるのでしょうか。
この章では、今日からでも始められる具体的な実践方法をご紹介します。
キャッシュフロー予測の基本と活用法
未来のお金の流れを予測する「キャッシュフロー予測」(資金繰り表とも呼ばれます)は、資金管理の羅針盤です。
これを作成することで、いつ、どれくらいのお金が入ってきて、いつ、どれくらいのお金が出ていくのか、そして将来的に資金が不足しそうかどうかが一目で分かります。
難しく考える必要はありません。
まずはエクセルなどで、以下のようなシンプルな表を作ってみましょう。
項目 | 1ヶ月後予測 | 2ヶ月後予測 | 3ヶ月後予測 |
---|---|---|---|
収入の部 | |||
前月からの繰越 | |||
売上入金 | |||
その他収入 | |||
収入合計 | |||
支出の部 | |||
仕入支払 | |||
人件費 | |||
家賃 | |||
その他経費 | |||
借入金返済 | |||
支出合計 | |||
収支 | |||
翌月への繰越 |
活用のポイント:
- 定期的な更新: 最低でも月に一度は実績を反映し、予測を更新しましょう。
- 悲観的な予測も考慮: 売上は控えめに、支出は多めに見積もるなど、複数のシナリオで予測すると、より安全です。
- 資金ショートの兆候発見: 翌月への繰越額がマイナスになりそうな月があれば、それは危険信号です。早急に対策を検討しましょう。
キャッシュフロー予測を活用することで、資金不足に陥る前に、「いつまでに、いくら必要なのか」を具体的に把握し、経費削減や融資の申し込み、支払いサイトの交渉といった先手を打つことができるようになります。
支払いサイトの交渉術と実務的工夫
前述の通り、売掛金の回収サイトは短く、買掛金の支払いサイトは長くすることが、資金繰りを楽にする基本です。
しかし、交渉は簡単ではありません。
以下の点を意識して、粘り強く取り組んでみましょう。
1. 売掛金の回収を早める交渉・工夫
- 新規取引開始時の条件確認: 最初が肝心です。標準的な支払いサイトを提示し、可能であれば前金や分割払いを提案してみましょう。
- 請求書発行の迅速化: 商品やサービスを提供したら、すぐに請求書を発行する体制を整えます。「月末締め、翌月初発行」などルール化しましょう。
- 早期支払いインセンティブ: 例えば、「請求書発行後10日以内の支払いで1%割引」といった特典をつけることで、早期入金を促す方法もあります。
- 入金遅延時の丁寧かつ迅速な督促: 支払い期日を過ぎても入金がない場合は、まずはメールや電話で状況を確認しましょう。感情的にならず、丁寧に対応することが重要です。
- ファクタリングの活用検討: どうしても早期に現金化が必要な場合は、売掛債権を買い取ってもらうファクタリングサービスも選択肢の一つです(手数料がかかります)。
2. 買掛金の支払いを遅らせる交渉・工夫
- 取引実績と信頼関係の構築: 長期的な取引が見込める場合や、安定した発注量を提示できる場合は、支払いサイト延長の交渉がしやすくなります。
- 業界標準の確認と比較: 同業他社の支払いサイトをリサーチし、自社の条件が不利でないか確認しましょう。
- 一部前払い・分割払いの提案: 全額を遅らせるのが難しい場合でも、一部を先に支払い、残りを分割にしてもらうといった交渉も有効です。
これらの交渉は一朝一夕に成果が出るものではありませんが、地道な努力がキャッシュフローの改善に繋がります。
小さく始めてスケールさせる資金設計の考え方
特に起業初期は、潤沢な資金があるケースは稀でしょう。
そこでおすすめしたいのが、「リーンスタートアップ」に代表される、小さく始めて、市場の反応を見ながら段階的に事業を拡大していくという資金設計の考え方です。
MVP(Minimum Viable Product)の開発
最初から完璧な製品やサービスを目指すのではなく、顧客の課題を解決できる最小限の価値(MVP)を提供できる製品・サービスを、低コスト・短期間で開発します。
顧客フィードバックの収集と改善
MVPを市場に投入し、実際の顧客からのフィードバックを収集します。
その声を元に、製品やサービスを継続的に改善していくことで、本当に求められるものへと近づけていきます。
段階的な投資
初期の大きな投資を避け、事業の成長や収益化の進捗に合わせて、必要なタイミングで必要な分だけ投資を行います。
これにより、資金不足のリスクを低減し、より確実な成長を目指すことができます。
例えば、いきなり大規模な広告を打つのではなく、まずはターゲットを絞った小規模なテストマーケティングから始める、といった具合です。
このアプローチは、資金的な制約が多いスタートアップにとって、リスクを抑えつつ市場のニーズを的確に捉えるための賢明な戦略と言えるでしょう。
必要最低限の「資金管理ツール」活用術
日々の資金管理を手作業で行うのは大変ですし、ミスも起こりやすくなります。
幸い、現代にはスタートアップの資金管理を助けてくれる便利なツールがたくさんあります。
- 会計ソフト:
- 特徴: 銀行口座やクレジットカードとの連携、帳簿の自動作成、決算書作成支援など。
- 代表例: freee会計、マネーフォワード クラウド会計
- メリット: 経理業務の大幅な効率化、リアルタイムでの財務状況把握。
- 請求書発行・管理ツール:
- 特徴: 請求書の作成・送付・入金管理の自動化。
- 代表例: Misoca、board
- メリット: 請求業務の漏れや遅延を防ぎ、回収率向上に貢献。
- 資金繰り管理ツール:
- 特徴: キャッシュフロー予測の作成支援、予実管理機能。
- 代表例: マネーフォワード クラウド資金繰り、Warmly
- メリット: 資金ショートのリスクを可視化し、早期の対策を可能に。
これらのツールを全て導入する必要はありません。
自社の規模や事業フェーズ、そして何よりも「何に困っているのか」を明確にし、その課題解決に最も貢献してくれるツールを必要最低限から導入してみましょう。
多くのツールには無料プランやトライアル期間が設けられているので、まずは試してみて、使い勝手を確認するのがおすすめです。
これらの実践的アプローチを組み合わせることで、あなたの会社のキャッシュフローは確実に改善に向かうはずです。
黒字経営を支える財務マネジメントの視点
キャッシュフローを守る具体的なテクニックを学んだところで、次に目を向けたいのが、より長期的かつ戦略的な財務マネジメントの視点です。
単に「お金が回る」状態から一歩進んで、「黒字を持続させ、成長を加速させる」ための財務基盤をどう築くか。
ここでは、ファイナンシャルプランナーとしての経験も踏まえ、健全な経営を支えるための重要な考え方をお伝えします。
「余裕資金」の定義と戦略的運用
あなたは、「余裕資金」と聞いて、どの程度の金額をイメージしますか?
余裕資金とは、単に余ったお金のことではありません。
これは、予期せぬ事態(売上の急減、大きなトラブル対応など)に備えるためのバッファであり、同時に、新たな成長機会を掴むための軍資金でもあります。
一般的には、月商の3ヶ月分から6ヶ月分程度の現預金を手元に置いておくことが一つの目安とされますが、業種や事業フェーズによって最適な水準は異なります。
「手元に十分なキャッシュがあるという安心感は、経営者が冷静な判断を下す上で非常に重要です。
資金繰りに追われていると、どうしても短期的な視点に陥りがちですからね。」
これは、私が多くの経営者を見てきた中での実感です。
この余裕資金をどう戦略的に運用していくか。
守りの側面としては、不測の事態への備え。
攻めの側面としては、以下のような活用が考えられます。
- 人材採用・育成への投資
- 新商品・サービス開発への投資
- マーケティング・広告宣伝の強化
- M&Aや事業提携のチャンス
余裕資金は、ただ寝かせておくだけでなく、企業の成長ステージに合わせて、戦略的に活用していくことが求められます。
月次資金繰り表の作成と見直しポイント
前章でも触れましたが、月次資金繰り表の作成と定期的な見直しは、財務マネジメントの基本中の基本です。
作成するだけでなく、それを「どう分析し、どう次のアクションに繋げるか」が重要になります。
見直しポイント:
- 予算と実績の差異分析(予実管理):
- なぜ予測と実績にズレが生じたのか?(売上予測の甘さ、想定外の経費発生など)
- 原因を特定し、次回の予測精度向上に役立てます。
- キャッシュフローのパターン把握:
- 毎月、どのタイミングで大きな入金があり、どのタイミングで大きな支払いが発生するのか。
- 季節的な変動はあるか。
- このパターンを把握することで、より効果的な資金計画が可能になります。
- 異常値のチェック:
- 急激な売掛金の増加、在庫の滞留、借入金の返済負担増など、危険な兆候がないかを確認します。
- 将来予測の修正:
- 最新の実績や市場の変化を踏まえ、数ヶ月先の資金繰り予測を修正します。
資金繰り表は、過去を記録するだけのものではありません。
未来を予測し、経営判断を助けるための「生きたツール」として活用していく意識が大切です。
ファイナンシャルプランナーが見る健全経営の指標
企業の財務状況を客観的に評価するためには、いくつかの経営指標を理解しておくことが役立ちます。
ここでは、私が特に重視している指標をいくつかご紹介します。
- 自己資本比率:
(自己資本 ÷ 総資本) × 100%
企業の総資本のうち、返済不要な自己資本がどれくらいの割合を占めるかを示す指標。高いほど財務の安全性が高いと言えます。一般的に30%以上が望ましいとされますが、スタートアップの場合は初期段階では低くなりがちです。 - 流動比率:
(流動資産 ÷ 流動負債) × 100%
短期的な支払い能力を示す指標。1年以内に現金化できる資産(流動資産)が、1年以内に支払うべき負債(流動負債)をどれだけカバーできているかを示します。200%以上が理想、最低でも100%は超えたいところです。 - 営業キャッシュフロー:
本業でどれだけ現金を稼げているかを示す、キャッシュフロー計算書の中で最も重要な項目。継続的にプラスであることが健全経営の証です。 - 売上高総利益率(粗利率):
(売上総利益 ÷ 売上高) × 100%
商品やサービスの基本的な収益力を示します。この率が低いと、いくら売上を上げても利益が残りにくくなります。 - 債務償還年数:
有利子負債 ÷ (営業キャッシュフロー + 経常利益ベースのキャッシュフロー)
借入金を何年で返済できるかを示す指標。一般的に10年以内が目安とされます。
これらの指標はあくまで目安であり、業種や成長ステージによって適切な水準は異なります。
しかし、自社の数値を定期的に把握し、業界平均と比較したり、過去からの推移を見たりすることで、経営状態を客観的に把握する手助けとなります。
地方起業家にとっての「現金主義」の重要性
私は長野県松本市の出身ということもあり、地方で頑張る起業家の方々への支援にも力を入れています。
地方で起業する際には、都市部とは異なる資金環境があることも考慮に入れる必要があります。
例えば、金融機関からの融資条件が相対的に厳しかったり、取引先の支払いサイトが長めの傾向があったりするケースも散見されます。
このような環境下では特に、「手元現金を重視する経営(現金主義)」の重要性が増します。
売掛金に頼るのではなく、できるだけ現金での取引を心がける、あるいは回収サイトの短い取引を優先するといった工夫です。
また、日本政策金融公庫などの公的融資制度を上手く活用することも有効です。
これらの機関は、地方創生や若手起業家支援の観点から、民間の金融機関とは異なる基準で融資を行っている場合があります。
何よりも、地域社会からの「信用」がビジネスの生命線となることが多い地方においては、支払い遅延などを起こさない堅実な資金管理が、事業の継続と成長に不可欠です。
自然体で、地に足のついた経営を心がけることが、地方での成功の鍵を握ると私は考えています。
まとめ
ここまで、スタートアップが黒字倒産を避け、収益と現金フローを両立させるための戦略について、様々な角度からお伝えしてきました。
少し専門的な話も含まれていたかもしれませんが、一つひとつは決して難しいことではありません。
収益とキャッシュフロー、どちらも起業成功の両輪
繰り返しになりますが、損益計算書上の「利益」と、キャッシュフロー計算書上の「現金」は、全くの別物です。
どちらか一方だけを見ていては、企業の本当の姿は見えません。
売上や利益を追求することはもちろん重要ですが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、日々の現金の流れをしっかりと管理し、手元資金を確保していくことが、起業を成功させ、事業を継続していくためには不可欠なのです。
収益とキャッシュフローは、まさに自転車の両輪のようなもの。
どちらが欠けても、前に進むことはできません。
河野氏からのメッセージ:「数字の意味を理解し、自然体で続ける経営を」
私自身も、15年以上前に独立し、ゼロから事業を立ち上げた経験があります。
起業当初は、目の前の仕事に追われ、資金繰りの不安と隣り合わせの日々でした。
だからこそ、今まさに奮闘されている皆さんの気持ちが痛いほど分かります。
私がこれまでの経験で得た一番の教訓は、「数字を恐れず、その意味を正しく理解すること」、そして「背伸びせず、自然体で続けられる経営を心がけること」です。
財務諸表や経営指標は、決してあなたを縛るものではありません。
むしろ、あなたの事業を守り、成長を後押ししてくれる頼もしい味方なのです。
難しく考えずに、まずは自社の「お金の流れ」に関心を持つことから始めてみてください。
明日からできるアクション:一歩先を見据えた資金設計の第一歩
最後に、この記事を読んでくださったあなたが、明日から具体的に取り組めるアクションを提案します。
- まずは3ヶ月分の「キャッシュフロー予測」を作ってみる。
収入と支出の予定を書き出すだけでも、大きな発見があるはずです。 - 自社の「売掛金の回収サイト」と「買掛金の支払いサイト」を調べてみる。
どのくらいのズレがあるのか、改善の余地はないか、考えてみましょう。 - 今使っている「銀行口座の残高」だけでなく、「会計ソフト」や「資金繰り管理ツール」に関心を持ってみる。
無料トライアルなどから試してみるのも良いでしょう。
これらの小さな一歩が、あなたの会社を黒字倒産のリスクから守り、持続的な成長へと導く大きな力となるはずです。
この記事が、あなたの「一歩先を見据えた資金設計」のきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。
あなたの挑戦を、心から応援しています。